激動の昭和時代、若き日の私は初めての社会人生活を三井銀行(現:三井住友銀行)でスタート致しました。当時の二年定期預金の金利は年8%、そう、1,000万円でも預金しようものなら年に80万円も利息を受け取ることのできる、まさにお金がお金を生む時代でした。平均的な住宅ローン(当時は住宅金融公庫と年金住宅融資が主流)は、たしか年利が5.5%で最長融資期間は25年でした。

銀行は「晴れの日に傘を差しだし、雨が降ると傘を取り上げる」とよく揶揄された、そう、 ″あの時代”の、まさに「半沢直樹」を地で行くように、当時の都銀12行がしのぎを削り、期日指定定期預金の登場から、金(Gold)の販売、証券(国債や抵当証券)の販売にマイティアカウント(小口積立型定期預金)に定期積金と銀行業務も自由化の波に乗り続々と新規業務への参入で、銀行が最も変貌を遂げた時代の真っ只中に身を置き、三井から太陽神戸三井へ、そして、さくら銀行へと再編を繰り返し、あらゆる手段を講じ、いかにしてライバル他行を凌駕する事が出来るかを考え、実行する事を日常業務とし、融資係だった私は朝7時に起きて出勤したら日付が変わってもまだ銀行で回議案を書いているといった毎日に、いったい当時の自分は青春時代をどう過ごしていたのだろう?と疑問に感じる今日この頃です。24時間戦うビジネスパーソン時代が今では信じられない激務であったと感じております。

銀行を退社後はミサワホームへ勤務し、販売資金担当(住宅ローンを組む係)として数千件の住宅公庫から年金融資、財形融資に生保ローン、ひいては住専ローンに至るまで、あらゆる資金計画を手掛けたのち、ミレニアム(西暦2000年)起業して独立、当初は通信系NTTコム等の代理店や Jフォンショップ(現:ソフトバンク)等の経営をしておりましたが、ひょんな事から「住宅ローンの代理店」という私の人生で貸す側(銀行)と借りる側(ハウスメーカー)両方の経験を生かせる会社の立ち上げを依頼され、経営していた会社を清算決了して2008年3月に単身大阪梅田にて6名から会社を始め、孤軍奮闘6年間で15店舗75名の会社に成長させたところで当時の社長と経営方針の考え方のズレから対立が生まれ、「お前の代わりはいくらでもいる!」との言葉に、「なんだ代わりがいたんだ」と安心して同社を退社。故郷に戻るか、新規ビジネスを立ち上げるかと次の道を思案していたところ、「私の代わりは他にいない」と思ってくれたのか?当時の前職会社幹部の一部の者たちが同時期に退社してお金を出し合ってくれ、現、CES株式会社を創立する事となり、私が代表に選任され、また1からの再出発となりました。

設立当初は同じ住宅ローン会社の代理店を目指すも、前職の会社(自分の創った会社)の影響もあり、同じ金融機関での代理店を断念し、他の金融機関を探す中、独立系ノンバンクでは唯一銀行の傘下に入らなかったクレディセゾンが住宅金融支援機構の代理業務を行っていることに着目、設立したばかりの超零細企業だった我々は住宅金融支援機構に協力を依頼し、なんとかアポイントメントに成功し、交渉を重ね、初の専任指定代理店(クレディセゾン専業の代理店)としてスタートを切ることが出来ました。我々を拾っていただいたクレディセゾン様には感謝しかありません。時は既に会社設立から5ヶ月が経過した早春のことでした。

みんなが出し合ってくれた会社設立資金は1千万円で、あっという間に使い果たし、給与は3ヶ月遅配状態に陥るものの、誰一人として辞めるという者もおらず、無借金経営を前提に、「会社が儲かったらみんなで分け合い、会社にお金が無くなったらみんなでガッカリしよう!」をスローガンに設立当初7名でスタートした会社も順調に成長し、設立から5年経過で店舗数は5店舗、従業員は50名にせまる勢いです。「頑張った者にだけ後で与える」のではなく、「頑張ると信じて先ず全員に与える」というリスキーな経営方針で、先ず従業員の待遇から優先して創り上げた会社なので店舗数の増加はゆるやかではありますが、財務内容は皆の頑張りで秀逸となり、自己資本比率は80%を優に超えている、まさに私の中では「奇跡の会社」になっております。

我々の住宅ローン業界では、よくスタッフが金融機関出身者で経験と知識を「売り」にして、融資が困難な顧客でもぜひご相談くださいなどと「裏技」的なことを使ってでも審査を通すことをお客様に対するサービスだと思っている会社(人)がありますが、全くナンセンスな話だと思います。金融機関が定めた「融資条件」には重要な「意味」があるわけです。それを無理してクリアする必要もありませんし、当てはまらなければ「借りてはいけない人」なのです。

前にも述べた通り、私は銀行とハウスメーカーで沢山の住宅ローンに関わって来ました。年収、勤続年数、返済比率などどこかに無理のあったお客様が不幸な末路を辿った現実を数多く見てきました。「貸すも親切、貸さぬも親切」なのです。経験や知識が豊富な金融マンであれば、「無理をするくらいなら借りないほうが良い」と勇気をもって言えることがプロとしての役目でありお客様を不幸にしない最大の「社会貢献」であると考えます。そうする事が健全な会社経営にも繋がると考えております。もちろん、杓子定規に「全部ダメだ」というつもりはありません。住宅を手に入れて幸福な人生を送ることが出来るか、住宅を手に入れたばかりに「住宅ローン地獄」にはまり、悲惨な人生を送るのかは、まさに紙一重であり、その判断に至るバランス感覚こそが弊社スタッフの「売り」であり「強味」でもあると考えます。

又、現在では融資期間35年が最もポピュラーな住宅ローンとなっています。私が社会人になった若き日の話に高金利であった事を書きましたが、現状の1%台の低金利が今後未来永劫続くという夢物語はありません。超低金利時代の今だからこそ、「固定金利」が最も正しい住宅ローンなのです。我々は将来、必ず「感謝」される仕事をしているという信念と誇りをもって『フラット35』の普及に全力を尽くすべく会社を発展させてまいります。

今日までの「仲間たち」との出会いに感謝をしつつ、ともに日々、精進と勉強の毎日を送っております。

今後とも倍旧のご愛顧とご指導ご鞭撻のほど宜しくお願い申し上げます。

CES株式会社 代表取締役社長兼CEO